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撮影的日乗


01/09/19

「Tokyo23私観」のプロローグ撮影。
足立区小菅の東京拘置所に行く。何故小菅なのか?の問いには、「私観」なので・・・。
「エピローグ」まで見てもらえれば分かるかも、です。
2日前に足の裏を蜂に刺されてしまい、少し腫れてきて歩行が困難の状態。
東京拘置所は旧小菅刑務所で1930年(昭和5年)に建造された。
現在建替え工事中で1996年に着工、2004年3月末に
12階建て高層監獄所として完成予定らしい。
建物を一周しただけで両足が限界に達してしまう。午後の予定を断念する。



01/09/22

両国の江戸東京博物館へ行く。
Web上でここに東京大空襲での被災地Mapがあるのを偶然見つけたのだ。
当時の地図上に火災になった場所が赤く表示される仕組みだ。ほとんど真っ赤である。
皇居の上部、上野の西側が所々焼けてない様だ。デジカメで何枚も撮影する。
帰宅して現在の地図と比較してみる。東大農学部周辺の辺りか。
東京出身のT君に電話して聞いてみる。本郷辺りではないか、との事。
マア兎にも角にも行ってみよう。



01/09/23

午後、地下鉄で本郷3丁目駅下車。地上に昇る。
縁日かで小さな露天が出ている。路地は狭く行き止まり多し。
小さなお墓を見つける。墓石に「水戸藩・・・」と刻まれている。おおっ。
と言う事は焼けてないのか?いや、別の場所から運んだ可能性もある。
しばらく散策すると徳田秋声旧居跡を偶然見つける。良かった。焼けてなかった。
その後次々と空襲に生き残った場所を発見。
結構有名な場所らしく古い家屋をスケッチをする人達を何人も見かける。



01/09/24

今日はお台場の有名な大観覧車を撮る予定。
全自動電車ゆりかもめに揺られて窓外の風景に見とれる。
旧国鉄の操車場跡地は現在、次々に新しいビルが建築中である。
剥き出しのコンクリート丸出しの建築物は威厳で壮美すら感じる。
大観覧車に到着。見上げる。・・・何かイメージとまったく違う。ガッカリ。撮る気消失。
地元の夕陽に浮かぶ小さい観覧車や、ウィーンの有名な大観覧車。
それらには永遠に輪廻、回転する一種の風情を感じたが
お台場大観覧車はただデカイだけ、也。
お台場海浜公園に行く。ドドーンと超高層マンションがそびえ立って、みなさん日光浴している。
昨日の本郷とはエライ違いだ。ここはワイキキか?。



01/09/25

夜6時より新宿歌舞伎町へ。辺りを一周していると若い外国人女子が話しかけてくる。
「・・・良い女の子、いるよ」カタコト日本語だ。
昔はいかにもの兄ちゃんが「・・・社長ーっ!!、どうっ、若い娘紹介出来るよっ!!」だった・・・。
そう言えば20年前、小生は西新宿に住んでいた事がある。
半年ほど、歌舞伎町の洋ピンの映画館でバイトしていたんだった・・。
真っ昼間、噴水通りの前の、ポスターの張り替えが恥ずかしかった事を突然思い出す。
撮影中、客引きのおっさんのセリフ「・・・お兄さん、そんな看板撮ったって仕方ないょ、
安くしとくからどう、・・・まったく看板撮って何が面白いの?・・・」

追記
翌日の昼のニュースで当日の夜9時30分、警視庁が歌舞伎町の韓国エステを一斉摘発したそうな。
映像に映っている「韓国エステ、シュリ」も女子が検挙されたらしい。
当日は夜8時30分まで撮影していたのだった。うーむ・・・。



01/09/26

本日は荒川区町屋へ。非常に蒸し暑い日だった。
西日暮里4丁目を町屋4丁目と読み違えてしまい、延々30分近く歩き続け、やっと間違いに気づく。
いきなりの虚脱感。1軒目にたどり着いたが廃業のようで再び虚脱感。
ホントは鉛筆製造工程を撮影したかったのだが、3軒目で寂寥感に襲われ、急遽内容変更。
意地で7軒まわる。ほぼ4時間歩き続け暑さも加わり食欲なくす・・・。



01/12/08

千葉県西船橋の行田へ。当初今日はハワイへ行く予定だったが身体を壊し、
長崎の佐世保にも行きたかったのだが結局一番近い行田になった。
何故行田かはここを。佐世保かはここを。ハワイの理由は単純、60周年記念式典が開かれるからである。
良いお天気の土曜日、記念碑の前では露天の準備に忙しいオッチャンが数人。
60年前の天気はどうだったのだろうか?
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